今日は予定通り卒業式。

少々遅刻気味ながらも、音楽センターへ到着!
他の卒業生を尻目にアルバム委員のお手伝い。

お手伝いに気をとられてて、気がつくと開式しておった。
慌てて会場内へ向かう。

すると、事務のオッサンに「席は決まってないから早く座って!」

あれ?学番順に座るんでないの?

とゆーわけで、前後左右全く知らない奴らと卒業式を迎えるハメになってしまいました...。

援団のエール以外はお決まりといった感じで式は滞りなく終わり、会場外へ...。
いざ、自分が卒業となったほうが、あまり感動はなかった(笑
学位記をいただくと早速アルバム委員のヘルプへ。
いまだ卒業した実感はない。

おぉ、おぉ、今年もいるぞ!買ってないのに「買った!!」と言い張るヤツ。
こっちには郵便局からの領収書が残ってんだよ!
嘘はやめてねこの時代だし(笑

面白いもので、アルバム委員の仕事やってると、ほとんどの方の顔が見たことあるんだよねぇ(笑
個人写真貼るとさらに記憶力アップ(爆

そんな中、アルバム受け渡しに訪れる数少ない友達たちと2ショット写真を撮る。
いまだ卒業したという実感はない。

アルバムの仕事も1段落したところで屋外にでる。
おぉ!相変わらずスゴイ光景だ。
いたるところで酒が酌み交わされているぞ!
お、俺も飲みたい...。

屋外を歩き回り、友人や世話になった人たちと2ショット写真を撮り歩く。
いまだ卒業したという実感はない。


周りを見ると、やはり卒業式らしく別れを惜しんで泣いてる人たちもいた。
それは当然とも言えば当然だが、俺はなんとも思わない。

会えなくなるから?それって変だと思うのさ。
「会えない」と思うから「会えない」のだよ。
「会いたい」と思えば、たとえ「会えなく」ても「逢ったり」するもんだと思うから。

確かにその出会いが、何日先、何ヶ月先、何年先、もしかしたら一生会えない、かはわからないけど。

顔見知り程度の人だったらなんとも思わないだろう。
ある程度仲のよかったトモダチなら、少し話も違ってくるだろう。
それが苦楽を共にした親友や大好きな人なら話は別だと思う。


でも、親友や大好きな人の方が離れ離れになる時ほど普通でいたい。
例え、次に会うときが何年先になろうとも、いつもバイバイするときかのようにサヨナラしたい。
「それじゃあね!また明日ね」くらいの感じで。

ほんとの大切な人だから、そうしたい。

離れてても声を聞くだけで気持ちが分かったりするのが親友だと思う。
直接顔を見て話したり、肌に触れたり、ということは出来ないかもしれないけど...。
だから、何年ぶりかにあったときでも絶対
「久し振り!」ってゆう言葉だけは言いたくないし聞きたくない。

何年か連絡をとっていなくても、まるで昨日会ったかのように話せたり接したりできるのが、オイラの親友の定義であると思いたいから...。

だから会えなくなるから寂しいなんて言わないで


振り返ると4年間か
あっという間だったな
色んな人との出会い・別れ

付き合いは4年間のやつもいれば
たった3・4ヶ月くらいだったり

でも期間は関係ない
俺にとって大切な人には変わりはないのだから
これから期間は増やしていけばよいのだから

ありがとうみんな
これからもよろしくね

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